桑原亮子さんの脚本ドラマ全作品紹介レビュー

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桑原亮子の脚本ドラマ全作品紹介

『舞いあがれ!』で一躍注目されるようになった脚本家、桑原亮子さん。

しかし、桑原さんのドラマは『舞いあがれ!』以外にもたくさんあります。

それらを出来る限り聴いて、観て、詳しくレビューします。

桑原亮子さんのドラマについて日本でいちばん詳しく書いているのは『春栗の自由帳』です!

>>桑原亮子の本や雑誌掲載作品を全部読んだレビューもぜひお読みください。

目次
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2013年(平成25年)NHK-FMオーディオドラマ『星と絵葉書』

『星と絵葉書』とは

『星と絵葉書』は「第41回創作ドラマ大賞」で奨励賞を受賞した桑原亮子さんのオリジナルドラマ脚本です。

NHKオーディオドラマ『星と絵葉書』

桑原亮子さんにとっては初のシナリオコンクール受賞となりました。

2013年9月14日22時にNHK-FM「FMシアター」でラジオドラマとして放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:小見山佳典
  • 出演:中村靖日・藤本喜久子・小林麻子・藏内秀樹
  • 音楽:小六禮次郎

詩人として生きることを夢見る柳田浩平(31)はイラストレーターの妻・逸子(36)に養われている。そのことが、彼の心を深く沈ませていた。二人にはもうすぐ子どもが生まれる。彼は気が進まないながらも就職活動を始める。背広を作るために妻と仕立て屋を訪れた浩平は、そこで学生時代の恋人で詩人としてのライバル、吉沢啓穂(29)と再会する。啓穂は結婚していたが、昔と変わらず魅力的だった。啓穂に再び惹かれる浩平。過去に戻ることができたらと彼が夢想した矢先、逸子が脳貧血で病院に運ばれたとの連絡が入る。

引用:月刊ドラマ2013年9月号

「妻に養われている売れない詩人」という設定はどうしても『舞いあがれ!』の貴司を思い出してしまいます。

また、そうと気付かれずに恋心を込めて書いた短歌の意味が後で読み解かれて物語が回りだすところは『舞い上がれ!』で史子が本歌取りに気付いたあの短歌と同じ構造です。

桑原さんの脚本デビュー作として『星と絵葉書』は粗削りなところはありますが、その後のドラマで多くの人を驚かせた様々な要素がすでに見出せます。

この脚本の「強さ」を見抜いたドラマ大賞審査員の慧眼が光っています。

主演の中村靖日さんのブログ

ドラマ「舞いあがれ!」で経理の古川さん役を演じた中村靖日さんが『星と絵葉書』では主演を務められました。

中村靖日さんが2013年9月にブログでNHK-FMオーディオドラマ『星と絵葉書』について書いています。

中村靖日さんのブログ「残像時代」

脚本があまりに感動的でリハーサルで涙が止まらなくなったことや、本番の収録を終えた時に立ち会っていた桑原さんと二人で泣いたことが記されています。

このエピソードを踏まえて「舞いあがれ!」における経理の古川さんの「クールなのに熱い」キャラクターを思い出すと感慨深いです。

「第41回創作ドラマ大賞」審査員選評会

『星と絵葉書』が奨励賞を受賞した「第41回創作ドラマ大賞」審査員選評会の模様が「月刊ドラマ2013年5月号」に掲載されています。

シナリオ作家協会の加藤正人さんが一推ししたことが受賞へと繋がったようです。

ただ、加藤さんも手放しでは褒めていません。

加藤:筆の力はあります。ただ、やや作りこみ過ぎているというか、無理やり作っている部分もあります。妻の思惑などは、非常に際どいラインで作っています。そういうところがちょっと気になりました。そんなに無理な設定をしなくても、普通にドラマを書いていけば、感動的な作品を書く力を十分持っている人です。細かな欠点はありますが、描写力には確かなものがあります。

引用:月刊ドラマ2013年5月号

私は『星と絵葉書』のラジオドラマを聴いていませんしシナリオも読めていませんが、桑原亮子さんの脚本家としての資質についての批評としては完全に言い当てている印象です。

同じく審査員を務めたNHKの藤井靖さんや吉田務さんの批評はさらに厳しく、それなのにNHK-FMでの放送につながったのは意外な感じさえします。

藤井さん、吉田さんのコメントを読んでいると「舞いあがれ!」の秋月史子さんがドラマ内や視聴者から浴びた批評に大変近いのが興味深かったです。

井出:制作の方からのお話を伺いたいんですが、藤井さんからは「推したくない」と。
藤井:作品の中に詩人を出すことと、書き手自身が詩的に書くこと、つまり詩人になりきっちゃうこととの間には、何か大きな差異があるんじゃないかと思って。個人的に何か大きな差異があるんじゃないかと思って。個人的に何かこの作品の端ばしに、書き手自身の美意識をカタチにしたい、その精密画のようなものを作り上げたい、という強い欲望を感じました。創作動機としては強い欲望が最初にあるのは素晴らしいことではあるとは思うんですが、そこに、ある自足を感じてしまう。

引用:月刊ドラマ2013年5月号

私は秋月史子の人物造形に桑原亮子さん自身がかなり投影されているように感じましたので、史子に対する批評の言葉が桑原さんの過去のシナリオにもそのまま投げかけられているのはなんとなく腑に落ちます。

藤井さんのこのコメントは、作者が詩人としての自意識によって「自家中毒」のようになっていると指摘しているのではと読めました。

しかし、その後の「舞いあがれ!」において、桑原亮子さんの詩人としてのアイデンティティは大変美しい形で結実し、多くの視聴者から熱狂的に歓迎されたことを考えると、NHKの中でも桑原さんを必要とするタイプの人もいるしそうでもない人もいるというだけの話かもしれません。

「第41回創作ドラマ大賞」桑原亮子さんの受賞コメント

『星と絵葉書』が奨励賞を受賞した「第41回創作ドラマ大賞」について、桑原亮子さん自身のコメントが「月刊ドラマ2013年5月号」に掲載されています。

耳が聞こえないのにラジオドラマの脚本を書くなんて、おかしな奴だと思われるかもしれません。けれども私は、王女様のドレスに憧れてお針子を志した貧しい娘のようなものです。自分では決して着られないとは分かっているものの、その美しいドレスにどうにかして触れていたくて、「縫う」という、自分にできる唯一のことで心を満たそうとしたのです。

引用:月刊ドラマ2013年5月号

ドラマ「舞いあがれ!」の中でもデラシネの八木さんが詩作のメタファーとして「船上パーティー」を使って語っていたように、ここでは桑原さん自身がラジオドラマを「王女のドレス」に例えて語っています。

桑原さんの言葉はそれがたとえ受賞の挨拶であったとしても美しく、絵が見えるようで大好きです。

この受賞のコメントを踏まえて中村靖日さんのブログ記事を読むと改めて泣かされます。

「王女のドレス」に憧れて自分には着られない素晴らしいドレスを縫い上げたお針子の貧しい娘が、それを身に纏う王女と二人で抱き合って泣いているシーンが目に浮かびます。

これは泣くしかないでしょう。

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2015年(平成27年)NHK-FMオーディオドラマ『夏の午後、湾は光り』

『夏の午後、湾は光り』は「第35回BKラジオドラマ脚本賞」で最優秀賞を受賞した桑原亮子さんのオリジナルドラマ脚本です。

第35回BKラジオドラマ脚本賞最優秀賞『夏の午後、湾は光り』

2015年3月21日22時にNHK-FM「FMシアター」でラジオドラマとして放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:一瀬絵里
  • 出演:青山美郷・内山理名・榎田貴斗・蟷螂襲
  • 音楽:澁江夏奈

小さな町の分校に通う多賀子(16)は、園芸部のたった一人の部員。幼なじみの龍(17)に憎まれ口をたたかれながらも、育てた草花をリヤカーに乗せて地域をねり歩き、お年寄りに安価で買ってもらっていた。とある夏休みの午後、空のリヤカーをひっぱって学校に帰る途中、東京から来たという美しい女性、友里(26)に出会う。足をくじいてしまった友里をリヤカーに乗せ、学校に向かううち、なんと彼女は多賀子が憧れている忠志先生の別居中の妻だとわかり・・・。

引用:月刊ドラマ2015年4月号

シチュエーションは異なりますが、物語の根底に流れる空気感は「詩とファンタジー」2010年No.12夏波号に掲載された桑原亮子(鳥羽亮子)さんの詩 『田舎の海をみせたい』と共通のものを感じます。

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物語の中で最も重要な役割を担っている人物、忠志先生が最後まで登場しないところが気が利いています。

途中、忠志先生との会話シーンが何度かあるのですが、全て別の登場人物による間接話法だったりモノローグだったりに置き換えて描かれます。

忠志先生を登場させないというのは桑原さんがこのドラマに用意した仕掛けの一つで、それは人物同士の関係を描く上でとても効果的に機能しています。

最初、多賀子と友里との間には緊張感の高いやりとりが交わされるのですが、お互いの心の内を徐々にさらけ出していって、最後は漫才コンビのような素敵な距離感に変化していきます。

桑原さんがネイティブで身に着けている関西弁を駆使した会話劇は笑えますし泣けました。

リアカーの荷台から眺める海の色の変化の描写がとても美しく、本当に目にするよりさらに光り輝いているように感じられました。

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2015年(平成27年)NHK-FMオーディオドラマ『沈黙とオルゴール』

上白石萌歌主演『沈黙とオルゴール』とは

オーディオドラマ『沈黙とオルゴール』が2015年5月30日21時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

NHK オーディオドラマ『沈黙とオルゴール』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:小見山佳典
  • 出演:上白石萌歌・佐久間レイ・池内万作・金沢碧。戸井勝海・小林トシ江・清原果耶・原扶貴子・富岡英里子・渡辺樹里・チョウヨンホ・百瀬朔・神尾晋一郎・押田栞
  • 音楽:山下康介

難関中学に合格したばかりの晶子(12)は、入学時の健診で、進行性の「感音性難聴」と診断される。晶子が中学受験をする時「今、頑張れば、将来の選択肢がたくさん増えるんだ」と父や先生から嫌というほど言い聞かされ、勉強を頑張ってきた。彼女は「耳が聴こえなくなったら、私の人生の選択肢は、ほとんど無くなっちゃうよ」と、男手一つで育ててくれた父・深山達雄(42)に八つ当たりする。絶望の中、「五月二日、鈴の音が聞こえなくなった」と、失った音を日記に書く晶子。これは、音を失い、孤独の中にいる一人の少女と聴導犬との心のふれあいの物語。

引用:月刊ドラマ2015年6月号

詩『ビューティフル・ドリーマー』との関連性

思春期にだんだんと聴力を失い将来への希望がどんどん潰えていくというのは、まさに桑原亮子さん自身が投影された物語と思って間違いないでしょう。

聴力を失うことの絶望と救いようのないほどの孤独感は「詩とファンタジー」2009年12月号に掲載された桑原亮子(鳥羽亮子)さんの詩 『ビューティフル・ドリーマー』でも描かれていました。

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『ビューティフル・ドリーマー』にも登場した「ピアノの鍵盤を左から右へ弾いてどこまで聴こえるか確かめる」という場面があり、そこから聴導犬のチワワは「けん(鍵)」と名付けられます。

母の遺品であるオルゴールの音が段々聴こえなくなっていくところ、踏切でオルゴールを壊してしまうところ、聴導犬が踏切で轢かれそうになるところなど、ぐっとくる場面の連続でドラマを聴きながらずっと泣いていました。

主演の上白石萌歌さんの演技も、思春期の激しく痛々しい感情をビビットに表現していて見事です。

演出はNHKドラマ部エグゼクティブ・ディレクター小見山佳典

絶望感や孤独感を強く感じるラジオドラマですが、演出を担当したのが桑原亮子さんを脚本家としてフックアップした小見山佳典さんであることに大きな救いを感じます。

2013年に創作ラジオドラマの奨励賞をいただいた時も、贈賞式で震えながらスピーチしていたのですが、ふと気づくと目の前の席に優しく頷きながら聞いてくださっている方がみえ、そのお姿に励まされて最後まで話すことができました。その方がNHKドラマ部のエグゼクティブ・ディレクター、小見山佳典さんでした。一か月後小見山さんは、受賞した脚本『星と絵葉書』をラジオドラマ化したいとメールを下さり、私にとって初めてのドラマ作りの日々が始まりました。

引用:月刊ドラマ2020年4月号

脚本家の先輩たちから苦労話を散々聞かされていた桑原さんは「どんなに辛いことがあっても逃げないぞ」と、弁慶のような気持ちで小見山さんとの初回打ち合わせに赴いたそうです。

しかしそこに現れた小見山さんは「ここをこうすればもっと良くなると思うのです」と話す優しい方で、気づくと二人で面白い映画や小説の話で盛り上がってしまい、牛若丸のような軽い足取りで帰路に就いたといいます。

魂が通じ合う二人の人間の出会いは感動的です。

『星と絵葉書』で選考委員だったNHKの方々からかなり厳しい(私から見ればむしろ理不尽な)批評を浴びた桑原亮子さんにとって小見山佳典さんの存在はどれほど心強かったことでしょう。

小見山さんが演出を担当したので桑原さんも心の奥を見せるこのような作品を世に送り出すことが可能になったのだと思います。

父親、桑原毅(京都新聞)さんについて

このラジオドラマでは妻を亡くし、一人娘が聴力を失っていくという過酷な運命を背負った父親が重要な役割を担います。

現実の桑原亮子さんの父親は京都新聞の桑原毅さんです。

桑原毅さんは京都新聞で記者として勤めた後、元南部支社長になり社説「凡語」などの執筆も担当されていました。

そのような大きな存在であったお父さんが『沈黙とオルゴール』の父親と同じように振舞っていたというのは充分想像できます。

並外れた度量で家族を包み込む素晴らしい父親像を感じました。

桑原毅さんは残念ながら『舞いあがれ!』を観ることなく、2020年に他界されました。

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2015年(平成27年)バリバラ特集ドラマ『禁断の実は満月に輝く』

バリバラ特集ドラマ『禁断の実は満月に輝く』が2015年12月6日16時にNHK Eテレで放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:河合理香
  • 出演:ハウス加賀谷里・あべけん太・松本キック・佐野有美・神戸浩ほか

障害のある人たちが主人公のスペシャルドラマの第2弾。「主人公の光司(あべけん太)は「ダウン症のイケメン」を自称する超ポジティブな障害者。ところがある日、自分が原因で、大好きな兄の結婚話がうまくいっていないと知り、ショックを受ける。そこで、食べると障害がなくなるという「禁断の実」を求めて旅に出る決意をした光司。一緒に旅に出るのは、もう一人の主人公、統合失調症の真(ハウス加賀谷)。真は、親から「こんなことも出来ないのか!」と言われ続けたトラウマを抱え、苦しんでいた。「禁断の実」がなるという村にたどり着いた2人。そこへ、怪しい男(松本キック)があらわれ、実が熟するのは3日後の満月の夜、と告げる。村で待つ間、2人は宿泊先の民宿で、美しい娘・真由子(佐野有美)に出会う。しかし、父親(神戸浩)は娘を他人の目から隠し続けてきた。そんな真由子を外の世界に連れ出す光司。一方、真は認知症のおばあさんとの交流を通して、トラウマから抜け出そうとしていた。そして「禁断の実」が熟したとき、光司、真、父、娘が選択した道とは…。

引用:テレビドラマデータベース

始まりのホラー風味から段々桑原亮子さんらしい会話劇へとグラデーションをつけて変化していきます。

バリバラ特集ドラマの前作『悪夢』(脚本は桑原さんではない)からの続きなので、そのようなワンクッションが必要だったのかと思われます。

同年に放送されたオーディオドラマ『夏の午後、湾は光り』と共通のモチーフがいくつか使われているのも印象的でした。

光司の押す一輪車に乗って思いがけず美しい夕暮れを目にした真由子がつぶやく「きれいすぎてなんだか心細いね」は桑原亮子さんの色が濃く出た素晴らしい台詞です。

光司が想像で作ったカクテルを飲んだ真由子の「夕日の色のお酒だった」というのも詩的でした。

余計な事しか言わない警官や、認知症なのにたまらなくチャーミングなおばあちゃんなど、魅力的な登場人物ばかりの素晴らしいドラマでした。

「バリパラ」の特集ドラマなので一般的なドラマと思って観ると面食らってしまいますが、桑原さんのテレビドラマ第1作が『禁断の実は満月に輝く』なのはなんだか素敵だなと思いました。

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2016年(平成28年)NHK-FMオーディオドラマ『ティティヴィルスの見えない蜂』

オーディオドラマ『ティティヴィルスの見えない蜂』が2016年4月9日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

NHK オーディオドラマ『ティティヴィルスの見えない蜂』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:小見山佳典
  • 出演:秋月成美・中村靖日・髙橋洋・冠野智美・花戸祐介・稲葉菜月・柳川慶子・大木実奈・久保陽香・宮城美寿々・白勢未生・小嶋紗里・白鳥光夏・小角まや・後藤光葵・坂城君・滝浦光一・岸本昌也・長村航希
  • 音楽:澁江夏奈

地方出身の竹下あすみ(18)は、上京したばかりの大学1年生。ある晩、コンパで終電を逃したあすみは、同級生の望月(18)と、有名な弁護士を父に持つ先輩の須賀(21)とともに、約20キロの夜道を歩いて帰宅する羽目になる。そこで望月は、中世ヨーロッパで悪い言葉を集めていた悪魔「ティティヴィルス」の逸話をあすみに語る。それが、彼らにとっての特別な夜の始まりだった。自分の言葉を通じて自分と向き合うことになる若者達の一夜の物語。

引用:NHKオーディオドラマ過去作品アーカイブ

「おばあちゃんが内職で組み立てるボールペンが1本60銭なのに贅沢なんてできない」というのが心に引っ掛かって絶対にタクシーに乗れないあすみちゃんが可愛いです。

それにしてもタクシー代をケチって20kmの夜道を歩くというシチュエーションが面白すぎます。

しかし、桑原亮子さん脚本のドラマとしては異例なほどダークなストーリーです。

「人間の悪意」をむき出しで描いています。

人々の汚い言葉と耳障りな蜂の羽音が随所に挿入され、聴いていてかなり不快な音響となっています。

この不快感はきっと桑原さんが脚本の段階で用意した意図通りのものだろうと想像します。

「詩とメルヘン」2002年8月号の「今月、最後まで候補に残った作品」に桑原亮子(鳥羽亮子)さんの童話『ティティヴィルスは夜に飛ぶ』のタイトルだけ紹介されています。

本文の掲載がなかったため内容は不明ですが、ラジオドラマ『ティティヴィルスの見えない蜂』と何かの関係があると思われます。

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『星と絵葉書』で主演を務めた中村靖日さんがこのラジオドラマでも再び出演されています。

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2017年(平成29年)NHK-FMオーディオドラマ『冬の曳航』

『冬の曳航』とは

オーディオドラマ『冬の曳航』が2017年1月14日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

2017年10月28日22時と2018年5月5日22時にNHK-FM「FMシアター」で再放送されました。

このラジオドラマは平成29年度文化庁芸術祭優秀賞と、ギャラクシー賞(第54回奨励賞)を受賞しました。

NHK オーディオドラマ『冬の曳航』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:真銅健嗣
  • 出演:山路和弘・小林勝也・本城雄太郎・藏内秀樹・小杉幸彦・村治学・大和田悠太・稲葉菜月・大河原爽介
  • 音楽:菅野由弘

南紀州那智。僧が生き仏として閉じ込められた舟に乗り、海の彼方にある浄土まで目指すという捨て身行補陀落渡海。頻繁だった鎌倉時代を舞台に、渡海船を曳いていく小舟を操縦する若者と、渡海僧として海上を曳かれていく二人。僧として生きたまま仏となる元武士と若者が、生命とはいかなるものか、という問答を通じて、心の師と弟子ともいえる関係になっていくまでの一日のドラマ。

引用:月刊ドラマ2017年1月号

タイトルについて

読み方は『ふゆのえいこう』です。

放送前についていた仮題は『黒潮の果てに』でした。

『冬の曳航』というタイトルで連想するのは三島由紀夫の『午後の曳航』です。

『黒潮の果てに』よりぐっと文学的になった良いタイトルだと思います。

シナリオについて

ドラマのシナリオが月刊「ドラマ」2018年1月号に全文掲載されています。

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『ドラマ』2018年1月号に掲載されたシナリオのレビューはこちらに詳しく書きました。

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時代劇ということで身構えてしまいますが、そこはさすがの桑原亮子さん。柔らかく、優しく、軽やかな会話劇で物語は進みます。

会話劇に徹するために、桑原さんはこのドラマの中で「ナレーション」や「モノローグ」を排除して脚本を書きあげました。

「補陀落渡海」という変わった題材をラジオドラマにしたい、という企画は2014年に桑原亮子さん自身がNHKの真銅さんに提案したものです。

『夏の午後、湾は光り』のドラマ化と並行しつつ桑原さんと真銅さんは紀州熊野の那智勝浦へ行き取材をしてこのドラマの準備をしました。

取材により「補陀落渡海」は当時、多くの旅行者を呼ぶためのパンフレットのような役割を担っていた、という気付きを得てドラマの骨格を作り上げていったとのことです。

宗教的な意味合いよりも「観光資源として」自分の命を捨て身行に差し出す浄定の気高さに圧倒されます。

その反面、浄定の言動の荒っぽさ、雑さがまた可愛らしくて好きにならずにはいられません。

文化庁芸術祭優秀賞とギャラクシー賞のダブル受賞も納得の素晴らしい脚本です。

『冬の曳航』を聴くには

横浜市の「放送ライブラリー」で聴くことが可能です。

放送ライブラリー「FMシアター 冬の曳航」

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2017年(令和29年)NHK-FMオーディオドラマ『声命線』

『声命線』とは

オーディオドラマ『声命線』が2017年12月2日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

NHK オーディオドラマ『声命線』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:佐々木正之
  • 出演:梅舟惟永・甲本雅裕・柴木丈瑠・箆津弘順・東正実・猪瀬光博・石澤柊斗・野澤武敏・小島那菜・前河千沙都
  • 音楽:菅谷昌弘

「非常、非常、非常―――」緊迫した声が、藤平舞(28)のアマチュア無線に飛び込んできた。彼女が夜勤の夫・恭介を工場へ送り出し、最近越してきた新潟市の一軒家で、唯一の趣味である、ガールスカウト時代に習ったアマチュア無線のスイッチを入れた途端だった。声の主は、園部隼人(35)と名乗る会社員だった。彼は山形にある月山を下山する途中、天候の急変で大雨に見舞われ、岩場で滑落した遭難者だった。警察を呼ぼうにも携帯電話の電波が届かず、メールもできない。唯一連絡できたのが、念のために携帯した無線機だった。山頂の夜は、夏でも凍える寒さだ。舞は救助の緊急通報をした後も、ケガをした園部が眠らない様に、一晩中交信を続ける中で、二人は、互いに自分自身では気づかなかった、新しい自分を発見していく…。

引用:月刊ドラマ2017年12月号

桑原亮子さんのコメント

桑原亮子さんは「月刊ドラマ2017年12月号」の中で、オーディオドラマ『声命線』に込めた思いをコメントしています。

17歳の冬にクリスマス礼拝のキャンドルで前髪を焦がしてしまった友人と一緒にトイレに駆け込み、自分の圧倒的な無力さと「ほんの少しでも誰かの役に立つ」というかすかな幸福感を感じながら前髪にハサミを入れた思い出が語られます。

『声命線』でもこの「ささやかではあるが人が人にしてあげられることはある」という希望を描きたかったそうです。

高校生の桑原さんが焦りながらトイレで友達の前髪を切る場面を想像し、ほっこりしました。

ヘヴィすぎる傑作ラジオドラマ

このオーディオドラマ『声命線』の中で、遭難者と主婦の舞をつなぐものとして「アマチュア無線」が描かれていますが、インターネットが普及した2017年の段階でアマチュア無線ユーザーはかなりマイノリティですので、珍しい設定だと思います。

目の前にいない知らない者同士だからこそ自分の中にある黒い気持ちを吐露しあえるというのは、2020年のリモートドラマ『ホーム・ノット・アローン』とも共通するストーリーです。

『ホーム・ノット・アローン』とは違い、『声命線』の舞や園部が抱える「心の闇」は生きる気持ちが無くなってしまうほど深刻なもので、そのためにお互いが心の内を明かしあうことで得るカタルシスが大きなものとなっています。

また、『声命線』では映像が見えない「音声だけのドラマ」でしかできない仕掛けがあるのも上手いです。

展開に従って「舞の部屋で聞こえる音声(舞の声が生で園部の声が無線)」と「園部のいる場所で聞こえる音声(舞の声が無線で園部の声が生)」が切り替わるなど、演出も丁寧です。

シナリオを見ていないので断言はできないのですが、桑原さんの脚本の段階で音声演出は指示されていたのではないかという気がします。

「子供の死をなかなか受け入れられず自死を決意した母親」と「吃音のために自分が社会不適応者だと絶望する男」というのは桑原さんの作品としては最もヘヴィな設定で、聴いた後にずっしりと最大級の重さで心に残る傑作ラジオドラマです。

2018年(平成30年)NHK-FMオーディオドラマ『AI(アイ)は故障中』

『AI(アイ)は故障中』とは

オーディオドラマ『AI(アイ)は故障中』が2018年6月23日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

NHK オーディオドラマ『AIは故障中』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:新田真三
  • 出演:高城れに(ももいろクローバーZ)・柄本佑・北見敏之
  • 音楽:空間現代

舞台は近未来。人型のAl(アンドロイド)が人間の世界に当たり前のように存在し、かつ共存している世界。ある日、廃墟となった劇場で偶然にも出会う壊れたアイドルAIと老いた男。男はその壊れたAIを見て、かつての恋人を想い出す。過去と現在が交錯する中、AIはついに話しだすのだが…その言葉は悲しみを纏いすぎていた。「壊れた者」と「閉ざした者」との出会いによる、「心の再生」をテーマに、「愛の言葉」を紡ぎ出すまでを描く物語。

引用:月刊ドラマ2018年11月号

桑原さんとしては珍しいSF作品です。

『沈黙とオルゴール』が自伝的な作品であったとすると、あのドラマの中で耳が徐々に聴こえなくなっていく晶子が「SF小説を書きたい」という将来の夢を語っていたのは桑原さん自身の夢だったのかもしれません。

複雑に交錯するモノローグが「詩」のようで、SFというよりはポエティックな印象を強く残します。

「恋」と「故意」、「AI」と「愛」など、文字上の言葉遊びが多用されているので、ラジオドラマとしてはリスナーにかなりのリテラシーを要求する難解さとなっています。

主演の高城れにさん(ももいろクローバーZ)が放送当時「脚本が大変複雑で、一度読んだだけでは理解できなかった」とコメントされていましたが、リスナーとしてもとても一度聴いただけでは把握しきれない情報量とストーリーの複雑さでした。

手触りとしては萩尾望都さんのSF作品に近いものを感じます。

高城れにさん(ももいろクローバーZ)は2020年に同じ桑原亮子さん脚本の『彼女が成仏できない理由』にも主演しています。

桑原亮子さんが脚本を書くドラマには、ラジオドラマで一緒に仕事をした俳優が起用されることが多いですので、『彼女が成仏できない理由』のキャスティングにも桑原さん自身の意見が反映されたのかもしれません。

『AI(アイ)は故障中』を聴くには

横浜市の「放送ライブラリー」で聴くことが可能です。

放送ライブラリー「FMシアター AI(アイ)は故障中」

2020年(令和2年)土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』

『心の傷を癒すということ』とは

コロムビアミュージックエンタテインメント

土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』が2020年1月18日21時からNHK総合で放送されました。

全4回です。

土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』

  • 原案:安克昌
  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:安達もじり・松岡一史・中泉慧
  • 出演:柄本佑・尾野真千子・石橋凌・キムラ緑子・森山直太朗・上川周作・濱田岳・趙珉和・濱田マリ・谷村美月・内場勝則・紺野まひる・清水くるみ・浅香航大・平岩紙・近藤正臣
  • 音楽:世武裕子

シナリオについて

『心の傷を癒すということ』第1回・第2回のシナリオが月刊「ドラマ」2020年11月号に掲載されています。

私が特に好きなのは、和隆と永野教授のファーストコンタクトの場面です。

ここは心震える素晴らしい会話シーンです。

和隆「先生の書かれた本を読みましたが、並外れた知性ゆえに普通の人とは違うものを見ておられるようです。たとえば…(言葉を探し)誰もが朝日に目を奪われている時、先生は、その光が決して届かない海底の魚をご覧になっている」
永野「・・・(聞いている)」
和隆「先生が魚について誰かと議論したいと思っても、その魚が見えている者は他にいません。自分を、自分の考えを誰も分かってくれないというのは、どのような孤独でしょうか」
永野「なるほど…。過分な評価をしてもらっているようだ、ありがとう。君の名前は?」

引用:月刊ドラマ2020年11月号

憧れて憧れて、その気持ちがあふれて過剰なエネルギーを対話相手にぶつけてしまう。そんなことありますよね。

『舞いあがれ!』で秋月史子が梅津貴司と初めて会ったシーンもほぼこの場面と同じ構図でした。

しかし、秋月さんの想いは一方通行となってしまいました。

私は『心の傷を癒すということ』の和隆・永野教授の心の触れ合いを踏まえて『舞いあがれ!』のそのシーンを観ていたので、そのショックはとてつもなく大きかったです。

しかし、世の中というものはそういうものだと思います。憧れる気持ちが報われるケースの方が稀ですので。

このシーンだけでなく、ドラマ全体が詩的でふんわりした印象が強く、「阪神淡路大震災の際に奔走した精神科医の物語」という紹介を読んで観るとかなり意表を突かれると思います。

『舞い上がれ!』と並んで多くの視聴者の心を揺り動かした、桑原亮子さんの代表作と言っても過言ではない傑作です。

2020年(令和2年)NHK-FMオーディオドラマ『ものがたる機械』

オーディオドラマ『ものがたる機械』が2020年4月11日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

NHK オーディオドラマ『ものがたる機械』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:小見山佳典
  • 出演:国広富之・藤本喜久子・大島宇三郎・佐川和正ほか

西暦2034年。人類は、「公平に不公平な世界」を実現した。人々は不幸を感じない。エンタメ業界を独占する大企業M社の「ものがたる機械」が、無料で、しかも蓄積された個人データに基づいて、一人一人の趣味嗜好に完璧に合わせた音楽、物語、ゲームを各自のVRヘッドに絶え間なく配信してくれるからだ。街を人々はヘッドフォンをして歩く。それは自分の聞きたいもの以外をシャットアウトするためだ。廃れた商店街の中にある「本のない本屋」。女が、その店に入ると、空っぽの本棚の奥から一人の男が現れた。女は、M社のCEO。男は、かつて女とともに「ものがたる機械」を開発した仲だった。男は、その人が望む、その人にだけ特化した心地の良い物語など、意味がないと言った。だが、男は女に告げられない秘密を持っていた。

引用:月刊ドラマ2020年4月号

これが7年続いた演出の小見山佳典さんとの最後の仕事となったと桑原亮子さん自身が「月刊ドラマ2020年4月号」でコメントされています。

残念ながら、私はまだ『ものがたる機械』を聴けていません。

ぜひ聴きたいと思っています。

2020年(令和2年)大阪発リモートドラマ『ホーム・ノット・アローン』

大阪発リモートドラマ『ホーム・ノット・アローン』が2020年5月18日20時42分からNHK総合(関西地域)で放送されました。

全5話。

大阪発リモートドラマ『ホーム・ノット・アローン』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:小見山佳典
  • 出演:桜庭ななみ・松下洸平

1人住まいのマンションのドアノブがはずれて部屋に閉じ込められた田中くみ子(桜庭ななみ)は、修理屋さんに電話して助けを呼ぼうとするが、電話に出たのは常林(松下洸平)と名乗る居酒屋の店長だった。初めて出会った2人は、電話で話すうちに、次第に距離を縮めていき…。

引用:NHKアーカイブス

朝ドラ『スカーレット』の二人が演じる1回2分のリモートドラマです。

「孤独な二人の人間が出会い、魂の交流をする」というのが毎回、桑原亮子さんの脚本には登場しますが、『ホーム・ノット・アローン』ではその部分だけにフォーカスしてのドラマ作りとなっています。

さらに、桑原さんが最も得意とする「会話劇」なので、短い時間と話数の中であっという間に視聴者は物語世界に没頭させられます。

最終話では「この二人をもっとずっと見続けていたい」と強く思いますし、ドラマが終わってしまってもこの物語世界はどこかで永遠に続いているような感じもします。

桑原さんに非常にマッチした手法のドラマだったのだと思います。

2020年(令和2年)NHK-FMオーディオドラマ『ユーフォリア~わたしの幸福論~』

オーディオドラマ『ユーフォリア~わたしの幸福論~』が2020年9月12日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:前田悠希
  • 出演:朝倉あき・淵上泰史・水崎綾女・田所草子・小松健悦・宇仁菅真・浅越ゴエ・今枝とし子・棚橋真典・岡陽介・かわちよしえ・神谷桜介

27歳の齋藤朱美(朝倉あき)は、幸せが何か分からない。SNSで幸せそうな友人たちを見ると、不安で心細い気持ちに襲われ、夜も眠れない日々を過ごしている。見かねた友人の計らいで、長野の民宿で休暇を過ごすことになった朱美は、そこで都市でのキャリアを捨てた男性・中田(淵上泰史)と出会う。朱美は、民宿での不便な生活に戸惑いながらも、中田との交流の中で、かけがえのない時間を積み重ねていく。そして、これまで感じたことのなかった“幸せ”を実感していく・・・。主人公のささやかな冒険を通して、現代の幸福の在り方について問いかける物語。

引用:NHKオーディオドラマ過去作品アーカイブ

人生の迷子になり田舎で自分を取り戻していく朱美の姿は『舞いあがれ!』の梅津貴司を思い出します。

残念ながら、私はまだ『ユーフォリア~わたしの幸福論~』を聴けていません。

ぜひ聴きたいと思っています。

2020年(令和2年)よるドラ『彼女が成仏できない理由』

出演:森崎ウィン, 出演:高城れに, 出演:和田正人, 出演:村上穂乃佳, 出演:中島広稀

よるドラ『彼女が成仏できない理由』が2020年9月12日23時20分からNHK総合で放送されました。

全6回です。

よるドラ『彼女が成仏できない理由』

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:堀内裕介・新田真三
  • 出演:森崎ウィン・高城れに(ももいろクローバーZ)・和田正人・村上穂乃佳・中島博稀・白鳥玉孝・高橋努・ブラザートム・古舘寬治 ほか
  • 音楽:トクマルシューゴ・王舟

日本の漫画に憧れていたミャンマー人・エーミン(森崎ウィン)は、漫画コンクールに入選し、漫画学校に留学をすることに。住む部屋を探す中、超割安な物件を見つけ、エーミンはその部屋に住む。バイトに精を出しながらも、想像していた日本のイメージとのギャップに悩むエーミンは、疲れ果て部屋の中で倒れ込む。そこで目にしたのは、色白・黒髪の女幽霊(高城れに)の姿…。実はその部屋は事故物件で…。

引用:NHKアーカイブス

桑原亮子さんの作品としてはかなり異色な魅力を持つドラマです。

漫画家を目指すミャンマー人エーミンを演じる森崎ウィンさんが可愛くて可愛くてたまりません。

事故物件で幽霊と同居するというホラーコメディー風に序盤のストーリーは展開しますが、終盤ではSF的な話に移行していきます。

正直なところ、ストーリー展開や伏線回収や演出が上手くいっていないように感じました。

「桑原亮子脚本ドラマ」と予め分かってて見始めましたが、最終話まで見終わったところで「本当にこれが桑原亮子さんのペンによる作品なのか?」とスタッフクレジットをもう一度確認してしまったほどです。

印象としては『舞いあがれ!』の「航空学校編」に近いです。

もしも「航空学校編」を桑原亮子さんが脚本を書いていたとしたらこんな感じになったのかな、と思いました。

2020年(令和2年)NHK-FMオーディオドラマ『君を探す夏』

オーディオドラマ『君を探す夏』が2020年12月26日22時にNHK-FM「特選オーディオドラマ」で放送されました。

2023年8月12日22時に再放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:南野彩子
  • 出演:八木莉可子・蒔田彩珠・草間リチャード敬太・正門良規・後藤亜姫・倉増哲州・田中良子・大園大貴・西愛香・難波みのり・成瀬美玖・吉田翔紀
  • 音楽:世武裕子

2020年8月。高校1年生の麻里子は合唱コンクールに向けて張り切っていたが、クラスメイトから「どうせまた中止になるんや」と練習をすっぽかされて、夏休みを迎えてしまった。一人教室に残った麻里子は、ゆいという生徒が、教科書をすべて置き去りにしたまま姿を消したことに気づく。麻里子はゆいを探すため、小さな旅にでる。新型コロナの影響により部活やクラスに居場所がなくなってしまった麻里子と、父親の再婚によって家に居場所がなくなってしまったゆい。10代の若者たちの心の叫びに優しく寄り添う物語。

引用:月刊ドラマ2021年1月号

このラジオドラマには世界最大の飛行機「ムリーヤ」が登場します。

全長84m、最大離陸重量640トンという巨大な「ムリーヤ」ですが、そのユーモラスな姿が桑原亮子さんは大好きです。

そんな「気が優しくて力持ち」な「ムリーヤ」が登場するこのラジオドラマ『君を探す夏』が放送されたタイミングで、中部国際空港セントレアの協力もあり番組SNSにムリーヤの動画がアップされました。

『君を探す夏』が放送されてからしばらくしてNHKから「桑原さんは飛行機がお好きなんですよね」と声が掛かり、そこから連続テレビ小説『舞いあがれ!』の企画がスタートしました。

つまり『君を探す夏』なしに『舞いあがれ!』は存在しなかったという、大切なオーディオドラマです。

主演の八木莉可子さんは『舞いあがれ!』では桑原亮子さん自身を強く投影したと思われる秋月史子を演じました。

秋月史子の人物造形は八木莉可子さんに当て書きしたと桑原さん自身がおっしゃっていたので、この『君を探す夏』で八木莉可子さんの魅力に惚れ込んだ桑原さんのリクエストにより実現した『舞いあがれ!』のキャスティングだと思います。

八木莉可子さんの優しい低い声は桑原さんの作品世界にとても合っています。

ラジオドラマ自体はコロナ禍に翻弄される高校生たちを描いており、2020年12月には多くの人たちに刺さる内容だったでしょう。

麻里子とゆいという二人の孤独な人間の心が通じ合う瞬間の感動は、桑原亮子作品の真骨頂と言えるでしょう。

音楽はドラマ『心の傷を癒すということ』でもタッグを組んだ世武裕子さんが担当されています。

個人的に、桑原亮子さんの脚本と世武裕子さんの音楽の相性は抜群だと思っているので、今後も二人が一緒に作り上げた作品を観てみたい、聴いてみたいです。

2022年(令和4年)NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』

NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』が2022年10月1日8時からNHK総合で放送されました。

NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』

  • 脚本:桑原亮子・嶋田うれ葉・佃良太
  • 演出:田中正・野田雄介・小谷高義・松木健祐
  • 出演:福原遥・横山裕・赤楚衛二・山下美月・目黒蓮・哀川翔・鈴木浩介・山口智充・くわばたりえ・駿河太郎・古舘寛治・松尾諭・長濱ねる・吉谷彩子・山崎紘菜・高杉真宙・又吉直樹・山口紗弥加・葵揚・中村靖日・大浦千佳・鶴見辰吾・吉川晃司・永作博美・高橋克典・高畑淳子
  • 音楽:富貴晴美

『舞いあがれ!』については情報が膨大なので別記事に書きます。

2023年(令和5年)FMシアター『歌をなくした夏』

『歌をなくした夏』とは

舞いあがれ!スピンオフラジオドラマ『歌をなくした夏』が2023年8月26日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:熊野律時
  • 出演:八木莉可子・川島潤哉・毎田暖乃・中道裕子・小松健悦・森本竜一 
  • 音楽:富貴晴美

歌人の卵・秋月史子(八木莉可子)はコンビニと喫茶店のバイトをしながら、第一歌集の出版を目指している。最近、歌が作れなくて悩む史子の前に、妙な少女(毎田暖乃)が現れて、何かとからんでくる。父親を待っているという少女が気になってしかたがない史子。くせ者編集者のリュー北條(川島潤哉)は、史子が新しい歌を作れるように、楽しい記憶を聞き出そうとするが、史子が思い出すのは、別れた父との悲しい記憶しかない。少女と父親の関係に、自分と父のことを重ねてしまう史子。しかし、そこには史子が気づいていなかった深い思いがあることが明らかになっていく。自分を見つめ直し、新しい歌を生み出す史子のささやかな成長の物語。

引用元:NHK

シナリオについて

傑作だった朝ドラ『舞いあがれ!』終了後、初めての桑原亮子脚本作品はラジオドラマとなりました。

ラジオドラマを聴きなれていないリスナーに対する配慮からか、桑原さんのラジオドラマとしては異例なほどモノローグが多い作品です。

モノローグやナレーションを完全に排除して書かれた『冬の曳航』とは対照的な「分かりやすい」シナリオとなっています。

「書けなくなってしまう苦しさ」について

「短歌が書けなくなってしまう苦しさ」については、『舞いあがれ!』の中でも梅津貴司のスランプとして複数回描かれていました。

今回のラジオドラマでは秋月史子が同じ絶望の中でもがき苦しんでいます。

私の個人的な印象ですが、どうしても桑原亮子さん本人の「書けない苦しみ」が強く反映されている気がしてなりません。

『舞いあがれ!』は当初「専門性の高い航空学校編のみサブライターに執筆を依頼する」と言われていましたが、町工場編の第18週以降、断続的に佃良太さんに脚本家が交代していました。

終盤の『舞いあがれ!』を見ながら「桑原さん、スランプなのかな?」と感じた視聴者は多かったと思います。

『歌をなくした夏』の中で秋月史子は深い孤独の中で「私にはもう短歌が書けない」と苦しみ続けていますが、実は喫茶店のマスターやリュー北條さんなど、周りの人たちは色々な形で史子を支えようとしています。

自分の孤独に閉じこもりすぎて「自家中毒」のような状態になっている史子には、周りの人たちの優しさが見えなくなっているのでしょう。

そんな中、昔のお父さんとのエピソードを別の視点から優しく解きほぐすリュー北條の言葉や、ネグレストの被害者と思っていた妙子が実は大きな愛の中で生きているという気付きを得ながら史子が再び歌を取り戻すという展開が感動的です。

もし本当に桑原さんもスランプの中で苦しんでいたのだとしたら、史子のように救われて欲しいなと願っています。

2023年(令和5年)FMシアター『ツシマヤマネコの歌』

『ツシマヤマネコの歌』とは

NHK長崎の開局90年企画として制作されたオーディオドラマ『ツシマヤマネコの歌』が2023年12月2日22時にNHK-FM「FMシアター」で放送されました。

  • 脚本:桑原亮子
  • 演出:岡山結季乃
  • 出演:大谷育江・石黒賢・西内まりや・廣幡唯・木下兼吾・みゆ・吉原直樹・佐々木達也・大内星・古賀仁翔
  • 音楽:伊賀拓郎

雄大な自然が広がる長崎の離島・対馬。森にそびえる大木の下で、ツシマヤマネコの子・トラ吉が眠っている。「お母さん・・・どこにも・・・行かないでよ」半年前にエサを探しに行ったきり戻らない母の夢を見ているようだ。あれ以来、エサもとれずに痩せ細るばかり。見かねた大木・スダ爺は、生き残るために山を下り、エサを探すよう促す。

雨の中、山を下りるトラ吉。しかし、エサを目前に車に跳ねられ、大けがを負ってしまう。すると、人間が近づいてくる。青いレインコートを着たその人は、どこか懐かしさを覚える“歌”でトラ吉を眠りに誘った――。

このドラマは、絶滅の危機に瀕するツシマヤマネコが、人間とともに、生きる理由を探す物語。

引用元:NHK

西内まりやさんの6年ぶりの新曲となるドラマ主題歌『つしまの歌』の作詞も桑原亮子さんが担当されています。

NHK長崎のサイトで桑原亮子さん作詞・西内まりやさんが歌う『つしまの歌』が公開されています。

桑原亮子さんが作詞を手掛けるのは『彼女が成仏できない理由』以来久しぶりです。

「彼女が成仏できない理由」挿入歌

童話作家としての桑原亮子さん

桑原亮子さんはこれまでにも「詩とメルヘン」「詩とファンタジー」「母の友」「飛ぶ教室」で数多くの童話を発表しています。

>>桑原亮子の本や雑誌掲載作品を全部読んだレビュー

しかし、今までにテレビドラマやラジオドラマで動物が主人公の物語はありませんでした。

桑原さんは『舞い上がれ!』でも自分の大きな武器である「短歌」を使って素晴らしい物語を作り上げたように、今回は「童話」という得意技をドラマに活かしました。

「動物と人間が会話をする」という展開は『いつか帰ってくるよ(2014年)』や『胸の小鳥(2023)』とも共通していますが、それがさも当たり前のことのように感じられるのはやはり桑原さんのペンの力によるものです。

また「母親がなかなか帰ってこない動物の子供を自分のうろの中で保護する優しい大木」というモチーフは『ゆきのひはおしずかに(2017年)』と共通のものです。

『ツシマヤマネコの歌』を聴きながら、『ゆきのひはおしずかに』の優しい大木もこういう声だったのかなと想像していました。

『ゆきのひはおしずかに』ではこぎつねのお母さんは帰ってきましたが、『ツシマヤマネコの歌』のお母さんは残念ながら亡くなってしまいました。

近親者を亡くした悲しみからどう立ち直るかというテーマ

『ツシマヤマネコの歌』の中には色々なテーマが盛り込まれていました。

その中でも「近親者を亡くした悲しみからどう立ち直るか」という点に最も焦点が当たっていたように感じます。

「なんで生きていかなきゃいけないの?一人ぼっちで生きていく意味なんてある?」と言っていたツシマヤマネコのトラ吉が色々な人との触れ合いを経て「こうやって生きているから、生きる理由をこれから自分で探せる」と変化していくところが胸を打ちます。

歌子とともに色々な人に会いに行って話すのは、トラ吉にとっては重要な「グリーフワーク」だったのだと思います。

桑原さんは動物の物語に仮託して「近親者を亡くしても自分の人生が終わったわけではない」というメッセージを伝えているのではないでしょうか。

トラ吉は実在する!

なんと『ツシマヤマネコの歌』の主人公のトラ吉は実在しています。

ツシマヤマネコの住む対馬(横浜ズーラシア 飼育日誌)

人と話すツシマヤマネコがいるの?

そこはさすがにフィクション

2021年10月に対馬のトンネル内で市民により保護されたツシマヤマネコがトラ吉です。

交通事故(推定)により左骨盤を骨折していたトラ吉は対馬野生生物保護センターでプレートを挿入するなどの手術を受け、翌2022年7月に野生に戻されました。

対馬野生生物保護センターで療養生活をしていたトラ吉の様子がめちゃくちゃ可愛いので、ぜひご一読ください。

トラ吉野生へ!(環境省)

これは桑原さんがドラマを作りたくなるのも納得です。

トラ吉が可愛すぎる

桑原亮子さんの次回作は「法廷ドラマ」?

NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』でこれ以上はないというほどの高い評価を獲得した桑原さん。

今後「法廷ドラマ」をやってみたいとインタビューで発言されています。

法律と、それを取り巻く人々を描きたいと思っています。

長く法律を勉強してきて、人間の欲望や喜怒哀楽がこれほど絡むものもないと感じているからです。

弁護士、検事、裁判官の、これまで誰も観たことのないドラマを書きたいです

引用元:脚本家・桑原亮子の「THE CHANGE」インタビュー

早稲田大学進学後、ハンディキャップを補いたいと弁護士の道を目指していた桑原さんが「法廷ドラマ」の脚本を書くのは自然な成り行きです。

脚本家としてのキャリアも10年を越えた桑原亮子さんが満を持して書く法廷ドラマ。

新たな傑作となることはまず間違いないでしょう。

最後に

NHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」で大評判となった脚本家、桑原亮子さん。

実は「舞いあがれ!」以前にも多くの作品を書いており、雑誌に掲載されたそれらのほとんどが「人知れず眠る名作」となっています。

ブログ記事に詳しくまとめました。

「舞いあがれ!」が評判の脚本家 桑原亮子の雑誌掲載作品を読んでみました

あわせて読みたい
桑原亮子の本や雑誌掲載全作品レビュー|「舞いあがれ!」脚本が評判 桑原亮子さんの童話や詩を読んだレビュー。ひそかに光る宝石箱のような愛おしい作品がそこにありました。

現段階で桑原亮子さんの雑誌掲載作品をこれほど網羅的に紹介しているのは「春栗の自由帳」以外に存在していません。

ぜひお読みください!

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この記事を書いた人

ガジェットとオトクなライフハックが好きな主婦です。

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